米大統領選で有力候補の勢いに水を差す「出生地主義」への無理解

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アメリカで産まれた者には米国籍を与えるという「出生市民権」の廃止を主張している、共和党予備選挙候補のドナルド・トランプ氏。ところが、そんなトランプ氏の主張は、“出生地主義”を定めた憲法の成り立ちの経緯について無理解であると、静岡県立大学グローバル地域センター特任助教・西恭之さんは、メルマガ『NEWSを疑え!』で主張しています。

米国籍が出生地主義である重大理由

米国で生まれた人には、親が不法入国・滞在者(不法移民)であっても米国籍が与えられており、片親または両親が不法移民の米国民は450万人に上る。2016年米大統領選に出馬したドナルド・トランプ氏は、この現状に異議を唱え、親が米国民でも永住権者でもない子には米国籍を与えないよう、法制度を変えることを公約している。他の共和党予備選候補者の意見も分かれている。

不法移民の子に国籍を与えるほど出生地主義を徹底している国は、南北アメリカを中心とする30カ国ほどで、先進国では米国とカナダに限られる。

実は、米国籍の出生地主義の背景には、外国の使節を除く、米国に居住・滞在するあらゆる人に、米国に対する一定の忠誠を求める思想がある。トランプ氏はむろんのこと、米国籍の付与を制限するための憲法改正に労力を割くべきでないと主張する候補者も、この思想について議論していない。

米国籍の出生地主義の根拠とされている米国憲法修正第14条は、1868年に採択され、かつて奴隷だった人の市民権を次のとおり確認した。

第1項 合衆国内で生まれまたは合衆国に帰化し、かつ、合衆国の管轄に服する人は、合衆国の市民であり、かつ、その居住する州の市民である。(以下略)

憲法修正第14条のもとになった1866年公民権法は、「合衆国で生まれ、いかなる外国にも属せず、かつ非課税のインディアンでない人は、合衆国の市民である」と定めている。

不法移民の子に米国籍を与えることへの反対論者は、不法移民もその子も外国に属しており、憲法修正第14条にいう「合衆国の管轄に服する人」ではないので、生まれながらの米国民ではないと主張している。

しかしながら、米司法省が1995年に示した現行の憲法解釈によると、米国で生まれた不法移民の子も「合衆国の管轄に服する人」であり、米国籍の付与を制限する法案は憲法に違反する。この解釈によると、米国で生まれても米国籍を与えられないのは、外国の外交官、主権を有するインディアン部族(この意味では1924年に解消)および米国を占領中の敵国軍人の子に限られるという。

その主な理由は二つある。まず、憲法修正第14条が制定された1860年代には、米国への入国を制限する法律はなかった。そして、誰でも米国へ自由に出入りできた時代には、米国に滞在している人はみな米国の法律の保護下にあり、「合衆国の管轄に服する人」だったので、米国は一定の忠誠を要求した。例外は、米国の法律ではなく国際法に保護される、外国の外交使節と軍人である。

米国は実際に、ドイツが1942年に米国東海岸へ送り込んだ破壊工作員を、戦時国際法違反だけでなく、外患援助罪でも訴追し、有罪判決を下している。外患そのものであるドイツ工作員を外患援助罪に問うのは一見矛盾しているが、ドイツ軍人として公然と米国へ進攻しなかった工作員は、国際法の保護を失い、「合衆国の管轄に服する人」として訴追されたのである。

このように、米国籍の出生地主義を定めた憲法修正第14条には、在留外国人にも米国に対する一定の忠誠心をもつ動機を与えることによって、国家の安全を図るという面もある。この思想に無知なトランプ氏らが、この角度からの指摘に応えられるか、今後の注目点になるのは間違いない。(静岡県立大学グローバル地域センター特任助教・西恭之)

image by: Wikipedia

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『NEWSを疑え!』
著者/小川和久(軍事アナリスト)
地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、内閣官房危機管理研究会主査などを歴任。一流ビジネスマンとして世界を相手に勝とうとすれば、メルマガが扱っている分野は外せない。
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