実は耳が聞こえていて、作曲していたのは別人だった「現代のベートーベン」。
ノーベル賞ものだと騒いでみたら、論文に捏造疑惑があがった「リケジョ」。


果たして「嘘」か「真実」か。当たり前ではあるけれど、見定めるのは難しい。それがネットの匿名掲示板での話ともなるとなおさらだ。
ふと、「俺たちは踊らされているだけなんじゃないか」と思うときすらある。

4月発売の新書『2ch、発言小町、はてな、ヤフトピ ネット釣り師が人々をとりこにする手口はこんなに凄い』は、ネット上の「釣り」を見抜く技術を記した本だ。
著者のHagex(ハゲックス)は「ネットウォッチ日記」サイトを運営するネットウォッチャー。
サイトの月間PVは350万だという。(巻末の著者紹介より)

そもそも「釣り」とは、創作エピソードをあたかも実話のように披露し、反応などを楽しむネット文化のこと。このような「釣り」行為を頻繁に行う者を「釣り師」と呼ぶようだ。

3歳になる息子をほったらかして夫は朝からパチンコへ
主婦の私はストレス発散のため寸胴一杯分のカレーをつくりました
チャイムが鳴ったので玄関の扉を開いたけれど誰もいません
キッチンに戻ってみたらカレーがなくなっている!
返って来た夫が激怒して110番
警察が駆けつけます。「勝手口から泥棒が寸胴を盗んだんじゃないか」
そこへお隣の奥さんがやって来て一言
「カレーを盗んだぐらいで通報するなんて大げさ!」
そのまま警察署へ連れていかれました
お隣の奥さんは、隣りの国から嫁いできたので、いろいろとストレスが溜まっていてあんな行動をしたのかな?
ちなみにカレーはすべて食べられていて戻ってきませんでした(涙)

これは、2ちゃんねるの「育児板」に投稿された文章をベースに著者が創作したものを私が要約したものだ。「釣り文章」の典型的な例だという。
ここには「釣り」のための餌がてんこ盛りだそうだ。

育児協力をしない夫=「男性批判」
しかもパチンコに行っている=「ギャンブル叩き」
勝手口はちきんと施錠しましょう=「防犯意識の啓蒙」
カレーを盗むとは!しかも鍋ごと!=「読者へのサプライズ」
そして「隣の国から嫁いできた」犯人=「人種差別的な内容」

なるほど。ここには道徳や常識を盾に、自らの「正義」を振りかざすことができるキーワードと対立軸が周到に用意されている。さぞかしスレッドは盛り上がったことだろう。

なお、本書には2ちゃんねるに投稿された文章を著者が整理した「読み手が議論を始めたがる」キーワードの一覧が掲載されている。それを参考にして、私もいくつかスレッドタイトル風の文章を考えてみた。


「【悲報】慶応文学部4年だけど中国旅行したとき学歴言った結果」
「おやじが地方公務員のニート俺大勝利wwwゆとり就活生wwww電通ww」
「きのこの山とたけのこの里ってdocomoとsoftbankに似てるよな?」

私は2ちゃんねるにスレッドを立てたことはないが、案外それっぽくなったような気がしないでもない。
つまるところ、上で例示したような語が使われていたら「釣り師」の仕業であるかもしれないというわけだ。

ところで、いったいどういう人が「釣り」を行っているのか? そこが一番気になるところ。
著者は4タイプに分類している。
1.人から注目されたい……自分が書いた文章に多くの人から反応があるのは麻薬的な快楽だという。
2.いたずら、ストレス解消、暇つぶし……読者を不快にすることで欲求がみたされるようだ。

3.自分の文章力、釣り師としての実力を試したい……文章の構成が緻密で読み易ければこの種の「釣り師」の可能性が高いらしい。
4.金銭をもらっているため……掲示板系サービスや商品レビュー系サイトのサクラなど。

特に4番目を「プロの釣り師」と呼ぶ著者。「『2ちゃんねる』まとめサイトが用意したライター」も存在すると推測する。明確な証拠を示してはいないが、「大手まとめサイトが注目ネタを取り上げるタイミングが絶妙」だから「書き手とまとめサイトの自演なのではないか?」と疑念を持ったとのこと。

本書は「釣り師」世界の紹介に始まり、彼らが好むテーマや文体を分析する。
「釣り師」を逆に「釣る」質問例や、ネットのデマと「釣り師」との関係にも言及されており興味深い。「トピシュ」との対談も収録されている。トピシュは釣りを一ヶ月間やっていたところ、生活に支障が生じ始めたという。
私は、「釣り師」と呼ばれる人々は総じてネットリテラシーが高いのだろうと想像していたのだが、これでは単なるネット中毒ではないか!

あ、ひょっとして釣られてる?
まあいいや。

「あとがき」にて、著者は読者に向けてお願いをしている。
「釣り判断テクニック」を知ると、ネットの書き込みは「すべては釣り」に思えてくるし、自分も「釣り師」になろうと考える人がでてくるかもしれない。
が、そうするとネットの情報に対して「心の底から信じる」ことができなくなり、思考が停止してしまうのでやめてほしい、と。

ところで、ネットリテラシーに関しては、2ちゃんねるの創始者西村博之の言葉が有名だ。
「匿名というのが前提になりますので、まあ、うそもありますし、酷いことも書かれますし、そういうのを、うそはうそであるとか見抜ける人でないと難しいものがあるでしょうね」

なにも2ちゃんねるに限った話ではない。新聞やテレビなどのマスメディアでさえ、ときに誤った報道をする。ましてやSNSが普及し、だれでも気軽に情報発信ができる昨今。偽の情報を鵜呑みにすれば、場合によっては自分も他人も重大な損害を被ってしまう。その点において、本書はある種のネットリテラシー養成に役立つかもしれない。

「釣り」を見抜くことによって、ネットをより楽しく利用することが可能になる、と著者は言う。
「情報を一方的に受け取るよりも、自分で感じ、考えること」
「考えながら読む方が絶対に楽しい」

そのとおり。
メディアの報道やネットの噂にただ踊るよりも、自分の足を使って調べ、頭を使って考えたほうがいい。
そして、できればネット以外の情報源にもあたってみるといい。
なにより、そのほうが「絶対に楽しい」と、私は思う。

『2ch、発言小町、はてな、ヤフトピ ネット釣り師が人々をとりこにする手口はこんなに凄い』(Hagex・著/アスキー新書)

※アイロニカルなコミュニケーション空間としての2ちゃんねると、その歴史的位置について知見を深めたい人はこちらがお勧め。
『嗤う日本の「ナショナリズム」』(北田暁大・著/NHKブックス)

※ネットのデマに関して、特に東日本大震災時のデマについての分析はこちらが詳しい。
『検証 東日本大震災の流言・デマ』(荻上チキ・著/光文社新書)

(HK 吉岡命・遠藤譲)