対中関税25%の強硬姿勢にも「罪悪感ゼロ」なアメリカの伝統的実用主義

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海外のメディアのニュースを、日本のマスコミではあまり報じられない切り口で本当はどういう意味で報じられているのか解説する、無料メルマガ『山久瀬洋二 えいごism』。今回は、関税が25%まであげられた米中の貿易戦争について解説しています。

ついに関税25%。我々が見落としがちなアメリカの『実用主義』とは

I think China felt they were beaten so badly in the recent negotiation that they may as well wait around for the next election 2020 to see if they could get lucky & have a Democrat win-in which case they would continue to rip-off the USA for $500 Billion a year…

訳:中国は今回の交渉でひどく打ちのめされたと思っているはずだ。彼らが辛抱強く2020年の選挙まで待って、運良く民主党が勝利すれば、彼らは我々から毎年5000億ドルかすめとリ続けられるというわけだ。
(ドナルド・トランプ氏 Twitter
https://twitter.com/realDonaldTrump より)

【ニュース解説】

アメリカが中国からの輸入品の関税を25%に引き上げました。今回は対中国外交でのアメリカの強硬姿勢について考えます。
そもそも、なぜアメリカがそんなトランプ政権を生み出し、今尚強い支持率を保っているかについては、多くの人がコメントしています。
そこで、今回は少々視点を変えて、アメリカ人の根本にある「意識」と「価値観」に光を当てながら、トランプ政権の政策を分析してみたいと思います。

ポイントはアメリカ人独特の pragmatism 「実用主義」という意識です。私はアメリカが移民国家であることを頻繁に指摘します。移民の特徴は過去にこだわらず、未来と現実を生活的判断の基軸に置くことにあります。それは彼らが新大陸で生活基盤を作る上で必要不可欠なことでした。それがアメリカ独特の実用主義的な価値観を生み出しました。

第二次世界大戦後、日本に膨大なアメリカ人が占領軍としてやってきた当時は、彼らの6割以上が移民の2世、3世の時代でした。我々は彼らを一つにしてアメリカ人と呼んでいましたが、そのルーツは様々だったのです。
そんなアメリカに新たな移民がアジアなどから殺到したのが70年代以降でした。彼らも元々のアメリカ人が培ってきた移民の精神を心の中で消化させながら、自らのライフスタイルをアメリカに同化させてゆきました。

21世紀になり、アメリカは円熟します。すでに、アメリカのコアな価値観を培った人々から4世代、5世代、時には6世代以上を経た人々がアメリカ社会の中核を担うようになったのです。 彼らは、すでに自らを移民の子孫とは意識しません。アメリカこそが自らのルーツであり、アメリカで培われた伝統や価値観を産まれながらのアイデンティティとして意識します。 祖先にルーツのある実用主義を裕福で円熟した社会の中で自らのものとして受け継いでいるのです。

彼らは、現在外から入ってくる新たな移民を実用的な労働資源として意識します。円熟した社会を維持するために移民の労働資源を維持するべきだと考える人の多くは、トランプ政権の政策に反対します。 対して、移民が自らの職を奪うものと錯誤している人々はトランプ政権を支持するのです。錯誤と書いたのには理由があります。 アメリカの労働者を圧迫しているのは移民が仕事を奪うからではなく、アメリカ社会が豊かになり円熟し、国内で安くかつ良質な部品や製品を作れなくなっているからなのです。 社会の基盤を作る労働者には移民の協力が必要不可欠であることと職が奪われることは同質ではないのです。

さて、ここでもう一つのアメリカ人の物の見方を考えます。

イギリスの圧政から独立したアメリカは、その経験から独裁政治を極端に嫌います。同時に建国当初から多くの移民が宗教的な迫害を逃れてアメリカに渡ってきた経緯から、彼らは政治が宗教や個人の価値観に介入することにも強いアレルギーを抱いています。 ですからアメリカは歴史的にも共産主義やファシズムなどと対抗し、そこから避難してくる人々の受け皿となっていたのです。

しかし、ここで皮肉なことがおこります。

宗教の自由を求めてアメリカに渡ってきた人々は、新天地で自らの宗教的信念を貫こうとする人々でした。彼らは入植した地域ごとにコミュニティを形成し、強い宗教的絆の中で社会を成長させたのです。 政治介入を嫌う人々は自治を重んじ、彼らはコミュニティごとに政治的な判断を行いそれが成長するに従ってアメリカ社会全体に影響を与えるようになったのです。 その代表が、最近よくコメントされる福音派と呼ばれるプロテスタント系保守派の人々です。

宗教と政治との分離によって信教の自由を望んできた人々の社会が成長し、自らの宗教的理念をもって政治を左右させるようになったわけです。 これはアメリカ社会の大きな矛盾です。そして、彼らこそがトランプ政権の支持母体となったのです。 そんな保守派の人々に対して、政教分離と、それが守られないことによって懸念される個人の価値観への政治の介入を怖れる人々との意識の対立が、アメリカ社会の分断を生み出したのです。

そもそも、福音派に代表される、古いプロテスタント系の移民社会を尊重する人々からみれば、社会が分断されているとは意識しません。 自らが作ったアメリカの理念を守り成長させようと思っているに過ぎないのです。しかし、他の人々は、その考え方こそが政教分離を脅かし、個人に他者の宗教的価値観を押し付けるものであると感じます。

そこで福音派に代表される人々は、自らへの反論をかわすために、イスラム教徒やアジアからの移民といった非キリスト者、さらには伝統的にプロテスタントと対立するカトリック系の人々の多いメキシコなどの影響から自らを守るべきであると主張し、彼らをスケープボードにするのです。

とはいえ、アメリカは無数のグローバル企業が成長している社会です。企業には世界中の様々な価値観を持った人々が集まりアメリカ経済の成長に貢献しています。そうした多様な社会で育った人々は、当然のことながら従来のプロテスタント系移民社会がもたらす軋轢に脅威を感じているわけです。

そこで、トランプ政権は、閉鎖的な保守層以外の人々からの支持を拡大させ、移民が仕事を奪っているのではないと分析している人々を納得させるためにアメリカへの輸出大国中国との貿易摩擦を強調し強硬姿勢を貫きます

同時に、福音派に代表される人々の支持を維持するために、福音派の人々が融和政策をとるイスラエルを支持し、メキシコなどカトリック系の国家からの移民を規制します。加えてイスラム教国家の中でもアメリカと強く対立してきたイランへの強硬な姿勢を貫くのです。

この二つの政策は一見無関係に見えます。しかし、アメリカの広範な人々の支持を得て再選を確実なものにするためには、それは政策の大切な両輪なのです。これが、アメリカの pragmatism 「実用主義」に支えられたトランプ流の政策なのです。例えば、サウジアラビアとイランとでは、宗派の違いはあってもアメリカにとってはどちらもイスラム教国家であることには変わりはありません。しかし、サウジアラビアと軍事的、政治的につながり、中東の利権を維持していた方が、アメリカにとって実用にかなっているのです。

日本が外交政策で注意しなければならないのも、この「実用主義」です。現在と未来に変化の兆しがあれば、右が左になり上が下になっても、彼らは罪悪感なくそれを外交政策に反映させます。自らのスタンスを変化させることへの罪の意識は希薄です。特に、プロテスタント系アメリカ人保守層に支えられているトランプ政権は、アメリカ第一主義を貫きます。であれば、実用主義に則った政策を維持する傾向は過去のどの政権よりも強いはずです。

アメリカ人の中にある伝統的な実用主義」。これとポピュリズムとが結びついて世界を翻弄しているのが、現在の国際情勢なのです。

image by:rawf8, shutterstock.com

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【著者】 山久瀬洋二 【発行周期】 ほぼ週刊

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