【書評】文豪は「言い訳」も文学か?作家たちの「自己弁護」大全

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生まれてこの方一度も「言い訳」をしたことがない、聞いたことがないという方はまずもっていないと思われますが、それは文豪とて同様。今回の無料メルマガ『クリエイターへ【日刊デジタルクリエイターズ】』の編集長・柴田忠男さんが取り上げているのは、そんな有名作家たちの「すごい言い訳」ばかりをまとめた一冊。果たして彼らは言い訳も「文学的」なのでしょうか。

偏屈BOOK案内:中川越『すごい言い訳! 二股疑惑をかけられた龍之介。税をごまかそうとした漱石』

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すごい言い訳! 二股疑惑をかけられた龍之介。税をごまかそうとした漱石
中川越 著/新潮社

白地に黒のタイトルとヘタなイラスト(漱石がモデルか)で地味というか、手抜きというか、ナントモな表紙。「言い訳」とはなにか。言い逃れ弁解釈明である。「よろしくない事態や非難されるべき原因を作った張本人の立場から逃れるための説明」である。一般にいじましい行為とされるが、つい最近、わたしも主宰するメルマガでそれに類したことをしでかしたような気がする。てへっ。

言い訳は言い方次第で味わい深いものに変化する。その実例を文豪たちに求めたもので、奇想天外、痛快無比、空前絶後のすごい言い訳を紹介している。苦境で発する言葉が言い訳である。切羽詰まると人は思わず素の姿を見せる。著者は既成のイメージとは異なる、新鮮な文豪たちに出会いに興奮したという。

タイトルにある「二股疑惑をかけられた龍之介」とはこういう話。大正5年に漱石が亡くなり、翌年頃から長女の筆子18歳の結婚話が噂になる。漱石門下生で花婿候補ナンバーワンは芥川龍之介だったが、彼にはフィアンセがいた。彼女・塚本文は龍之介と筆子の噂をきいて不安になり、芥川に手紙を送る。

その返事で、「夏目さんの方は向こうでこっちを何とも思っていない如くこっちも向こうを何とも思っていません」と釈明した。さらに神に誓ったり命がけの覚悟を表明したりして、全力で疑惑の払拭に努めた。そのいささか不様な手紙が、後の時代に公開されちゃうんだから文豪も大変である。「現行一致の美名を得る為にはまず自己弁護に長じなければならない」と自著「侏儒の言葉」にある。

税をごまかそうとした漱石」とは、高額所得者でありながら節税を企み、ずっと正直にやって来たんだからとヘリクツをいい、しばらくズルしても帳消しだろうと、偉そうな自己弁護と言い訳に走る漱石を描いている。彼は返済計画と完済期限を勝手に決めた、偉そうな債務者でもあった。田村俊子からの不当な苦情に対して、巧みに猛烈な反駁を盛り込んだ手紙の鮮やかなこと!

下心アリアリのデートの誘いをスマートに断った言い訳の巨匠とは樋口一葉。22歳の才女は30歳の詐欺師の俗欲を、美しい雅文の言い訳で手玉にとり金を巻き上げた。著者は「言い訳を学ぶつもりと書きましたが、この剛胆さと破格の表現力を備えた才女から私たちが学べるものはわずかです。言い訳を趣深く伝えると、大きな説得力が生まれるという事だけは分かりました」と降参している。

言い訳とは自己弁護であり、その説得力が小さければ言い逃れ逃げ口上と思われ、説得力が大きくなれば弁解釈明説明と思われる。芥川龍之介は「侏儒の言葉」で「言行一致の美名を得る為にはまず自己弁護に長じなければならぬ」と書く。言い訳がうまくなる必要がある。わたしも夫婦げんか後に切実に思う。

二心を隠して夫に潔白を証明しようとした恋のモンスター・林芙美子、相手の不安を小さくするキーワードを使って前借りを頼んだ・太宰治、先輩に面会を願うために自殺まで仄めかした物騒な・小林秀雄、親バカな招待状を親バカを自覚して書いた・福澤諭吉……などなど面白多数。全7章63件、夏目漱石はまるまる1章9件と最多。言い訳の巨匠である。

編集長 柴田忠男

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